宇賀神 読み手にとってJAAA論文とは何かという点を考えてみたいと思います。書かれていることが数年後に確かに話題になっているというような、未来予測的な側面があると実感することがありますが、読み手にとって受賞作品は何を表しているのでしょうか。
白𡈽 私がいつも読んで思うことは、広告の受け手として許容できない事柄に対して、皆どういう風に向き合っているのかなという点です。
インターネット広告はどんどん伸長していますが、ステマやリタゲなどの課題があって広告の受け手としては思うところがあります。
そのせめぎ合いみたいなものを皆どう折り合いつけているのか、ということが分かって、自分の考えに変化が起きました。ずっとアレルギーのままだったかもしれないものが、ちょっとずつ緩和された気がします。
伊藤 仕事の中で書かれるドキュメントって、プレゼンだったらクライアントだったり、社内レポートだったら上司だったりと受け手が明確です。この論文は審査員と面識ないしテーマも変わるので、忖度がしにくいと言えると思います。上司のレポートに書くには躊躇することもここなら思い切り本音を書ける(笑)。会社と違う見方をしているけれど、もしかしたら次の時代をつくるのは本音のアイデアの方かも知れない。オフィシャルな見方と生身の見方、意外と後者を発表できる場所ってないのかなと思いました。
ですから個人的には審査基準も一義的にしない方が良いと感じます。良い意味で柔軟にしておく、むしろ皆さんの作品が次の我々の審査基準を作るというような、審査員側も動的であって良いのかも知れません。知的好奇心を刺激してくれるものを取り上げるというか、せまい意味の“審査”とは違うのかも知れないですね。
浜田 集合的無意識というのがありますが、どこに向かって広告が発展していくのか、なかなか先が見えないなかで、色々な人の意見が集まってくることで結果的に流れが出来てくる。それが積み重なったものがこの論文だし、それを読むことで自分の中にもある種の芽生えができて思いもしなかったような発想が生まれる、というメリットが読み手の方にはあると思います。私自身、刺激と様々な視点を得られ続けてきました。
大城 私は正直審査員になるまで、きちんと論文集を読んだことがなかったのですが、読むプロセスで得るものがたくさんある。この論文は業界の集合知みたいなものなので、自分が考えている未来・方向性との一致あるいはずれを確認できる場所になっています。届いていないのだとしたら、残念だし勿体ないと思います。
中西 伊藤さんが第49回論文作品集で書かれていましたが、世の中に対して初めての意見を問う姿勢というか、「あ、ものすごい真理を見つけちゃったかもしれない」という広告に関する発見、アイデアを遠慮せずに応募いただけると良いと思います。
JAAA論文はそれらを幅広く受け取れる土俵です。またそういう発見によって広告業界がリフレッシュされていくので、それを望んでいる業界でもあると思います。対会社と見ると競合ですが、横並びで見ると同じ広告業界というフィールドで働く仲間なので、新しい考えや見解をどんどん出してもらいたいです。
宇賀神 伊藤さんは以前、この論文には業界の危機意識が反映されていて“炭鉱のカナリア”という言い方をされていましたが、こちらについてご説明いただけますか。
伊藤 冒頭の発言とも重なりますが、特に近年、広告の作り手と受け手の境界が融解していて、広告業界にいる人と学生の間に本質的な差が見出しにくくなっています。生活者として広告に接していた新人が執筆すると、そこには新しい面白さ、新しい問い、新しい倫理的危機などが鋭敏に描かれやすいと感じています。
第49回の新人応募作品を見ても倫理を問うものがすごく多く、書き手がシリアスに受け取っていることを強く感じました。
大城 40 ~ 50代くらいの年代は、共通の体験をしてきて共通の倫理観を持っていると感じますが、今の新人の方は、比較的小さな個々の集団を経てきて、倫理観も一つではないと感じます。「そういう考え方するんだ」と思ってもなかったようなところから球が飛んできて、とても刺激を受けます。
業界に入りたての普通の人としての感覚と、ずっと広告業界の中で働いてきた中の人との感覚のずれがあって、新人部門から刺激を受けるのはそのためかと思いました。
宇賀神 特に生活者に近い新人の方の生々しい作品を読むと、いま何が本当に問題になっているのかというのを感じられる。それがカナリアに近いということでしょうか。
伊藤 とはいえ、危機意識は持ちつつも業界に入っている人達なので、可能性も感じていると思います。そういう意味ではポジティブなカナリアであると思います。
白𡈽 第46回新人部門入選の『鹿児島実業』のような作品は、新人だから書けることだと思いました。実際に鹿児島実業に行ってそこで得た体験を広告に結びつけている。とてもフレッシュで良いですし、こういう作品を採用したいといつも思います。